投資技術としての特許リーディング第3回
 
−大原部長−
 2000/10/27(金)発行分

 【「従来の技術」を読む】
 従来の技術を読むと
(1)ライバル技術やライバル企業がわかる、
(2)技術史がわかる
(3)いい特許かどうかがわかる
(4)現在の主流方式がわかる。

特許リーディング、今回から本題です。

 特許の構成は、「書誌」「要約」「請求の範囲」「詳細な説明」「利用分野」「従来の技術」「効果」「課題」「手段」「実施例」「図面」からなります。
 もっとも重要なのは、特許の内容そのものというよりは、むしろ、「従来の技術」の記述です。
 例えば、第一回で紹介した東レのPDP関連特許、「感光性蛍光体ペースト(特許公開平9−12979)」の「従来の技術」を抜粋してみましょう。(簡素化のため多少大原が編集しました。)

「微細で多数の表示セルを有するカラーPDPが注目されている。PDPは、前面ガラス基板と背面ガラス基板との間に備えられた放電空間内で対向するアノードおよびカソード電極間にプラズマ放電を生じさせ、封入されているガスから発光表示を行うもの。PDPは、構造的には対向電極型、面放電型が知られ、印加電圧の分類では直流(DC)型、交流(AC)型が知られている。カラーPDPはセル内に塗布した蛍光体をガス放電によって生成された紫外光で励起して可視光を得てカラー表示するディスプレイである。」 

 どうでしょうか?PDPというものは、そもそもどんなものなのか?簡潔にまとめられていますね。携帯電話ってなに?読者は簡潔にまとめられますか?特許は研ぎ澄まされた、無駄を省いた表現でPDPの定義がなされていますね。

「従来において、蛍光体は、まずガラス基板上に障壁(隔壁、リブ)およびアドレス用の電極を形成し、その後にスクリーン印刷法を用いて蛍光体ペーストをガラス基板上に所定のパターンで印刷することによって形成されていた。」 
  これは、PDPの製造工程の一部です。蛍光塗料を塗る前に、隔壁や電極をエッチングで形成する、と述べられています。
  そして、ここで問題の蛍光体の形成法です。
「スクリーン印刷法では障壁側面に蛍光体を設けて蛍光面とするのが困難で、前面ガラス基板上に塗布されている。このため輝度が低い、放電による蛍光体劣化が早く短寿命であるという問題があった。」
 スクリーン印刷という方法は、Tシャツの文字なんかを印刷するも使用する一般的なものです。問題点が指摘されています。蛍光体が背面版に塗布されていないがため、しっかりしたものにならない。蛍光体は前面ではなく、背面に隔壁の間にしっかりと入り込む必要を説いています。スクリーン印刷では高さがでない。輝度を確保するには何回も印刷を重ねる手間がかかるはずです。

 以下は、問題点を解決しようとして、過去いろいろな提案がなされています。技術史といってもよい。
「これらの問題を改良する方法として、特開平4−67529公報では、フォトレジストを用いて蛍光体層形成する方法が提案されているが、製作工程が増えたり、コスト低減には限界があった。特開平6−5205公報では、サンドブラスト方法が提案されているが、障壁側面の蛍光体を均一な状態で除去するのが困難であったり、量産に適さない問題あった。特開平5−41159公報では、蛍光体粉末を吹き付けフォトリソグラフィーによってパターニングする方法が提案されているが、吹き付け角度のコントロールが難しく均一蛍光体膜が得られない。特開平6−139933公報では、パターンをパネル基板上に転写して蛍光体パターンを形成する方法が提案されているが、転写工程が必要となりコスト低減には限界がある。特開平5−101782公報では、感光性のペーストや感光性スラリーを用いてフォトリソ法により障壁側面に形成したものが提案されている。しかしながら、ポリマーが蛍光体粉末に添加するガラスフリットと反応してゲル化し、高精細なパターンが難しい。」
 以上が「従来の技術」のくだりです。
 まず、お気づきになられたとおり、過去の特許の紹介とその問題点が非常に簡略に指摘されています。

【対立する技術、競合する技術がわかる】
 PDP隔壁・蛍光体形成方法として、サンドブラストなど、いくつかの方法があることがわかります。

【ライバルがわかる、技術史がわかる】
 過去の特許を2次的に検索していけば、どの企業が先鞭をつけたのか、ライバルはどこなのか、がわかります。
 平成4年に公開ということは、平成2年か3年に出願している。出願するまでの研究期間を考えると、平成2年以前に取り組んだことがわかる(時間に余裕のある読者は上記特許が誰のものか、検索してみてください)。

【よい特許かどうかがわかる】
 よい特許を書く人というのは、過去のブレイクスルーをしっかりと把握し、自分がここまで出来たのは、誰のおかげかをしっかり認識しています。ですから、過去の特許にも精通している。特許を審査する人は、「従来の技術」を読めば、「ああ、この人はよくわかっている」と感じることができるでしょうね。ここに載せた特許はいい例です。反対に悪い例はいくらでもあります。悪い例は、自分だけがこれを発見したんだ!という書き方になっている。そんなはずはない。人間の歴史は前人の成果の積み重ねです。自分ひとりですべて発明できるような人は天才ではありません。それは単なる変人の思い込みです。

【現在の生産方式がわかる】
 特許の世界では過去でも、製造現場では「従来の技術」に則って生産されています。特許で公開されたタイミングでは、実用はまだでしょう。ですから、今は、このサンドブラストなどの方法が主流だ、と決め付けることが出来ます。

 私は、企業を訪問取材する際に、一応、特許関連は目を通してから訪問します。特許の書き方を見れば、企業のあり方がよくわかるからです。企業の中には、「こんなひどい特許を出願しているようじゃ、しれているな」と感じるところも多数あります。よく、トイレを見れば、その家のことがわかるといいますね。特許を見ればどんな会社かわかる、としておきましょう。隙のないよい特許を書いている企業は、事業リスクのヘッジが上手です。抜け目がない。これは、経営者が偉いのか、研究所の所長にセンスがあるのか、意見の分かれるところです。いずれにしても、「従来の技術」からいろいろなことがわかるわけです。(大原)


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