投資技術としての特許リーディング 第6回
 
−大原部長−
 2000/11/16(木)発行分

 実用編〜エンプラス〜「えっ! クリーンルームで金型をつくるんですか?」

 今回から、実用編です。特許リーディングを実際にしていると、会社の戦略がよくわかります。ときには、こんな大胆なことを狙っているのかと驚くことがあります。

 エンプラスの特開平9−254161を読んだとき、鳥肌がたちました。電子描画装置という数億円ではきかない高価な装置があります。半導体のフォトマスクを製造する際に必要になるものです。フォトマスクは電子描画装置で作成するというのは常識。特許から読めることですが、エンプラスは金型をクリーンルームで描画装置をつかって作成することになるようです。WDM関連の分波周辺を一網打尽にしようという狙いがあるのではないか?戦慄が走ります。

 この話をJPモルガンの大森アナリストが先日お越しになった折り、お話したところ、彼曰く、「鳥肌がたちました」。億近コンサルのQさんも、「うっわー!」と反応してくれました。いける話なんです。

 ご存知のように、現状のWDM光インターフェイス&コネクタ部品は、セラミックや硝子をいちいちグレーティングしています。それをプラスチックで金型で作成するとなると、もはや硝子やセラミックの出る幕はなくなるからです。

 今期のエンプラスの設備投資の高さに「あれっ」と思った方も多いはず。そんなとき、この特許の存在からピーンとくる、投資家とはそうでありたいものです。会社が勝負をかけるときは、設備投資です。この投資負担を投資家は嫌がる。失敗するリスクも大きいからです。今回も100%の成功はありえない。成功の確率は80%程度でしょうか。それでも、投資家として、のってみたい勝負です。

 さて、多少解説が必要です。金型のプレートは、通常、鋼でできています。もちろん、その鉄を削ったり彫ったりして、精密な型を取っていくのです。プラスチックの場合、均一に冷却しないと屈折率などの分布に悪影響を与えます。熱を逃がすためには、放熱性のよい鋼のようなものがいい。しかし、鉄では、μレベルの微細加工できない。エンプラスは放熱性がよく、微細加工ができるという難しいプレート素材の研究を80年代からしていました。そのあたりは、以下の特許から汲み取ってください。ステンレスという言葉も特許に出ています。

 もう1点は、回折という現象です。平面に凹凸の線を一定幅で描いていくことで、光を制御できます。Diffractionという現象を解く方程式は非常に難しかった。これがシミュレータの発展により、可能になってきました。フレネル−キルヒホッフの回折積分公式などを駆使する回折光学というバックグランドがなければ、光関連の部材は検査も設計もできません。
 2μ幅、0.2μの高さの凹凸を金型でやってしまうこの会社のすさまじさを理解するだけでも大変ですが、非球面、自由球面、回折などのソフトウエアがしっかりしているというのが重要なポイントです。

 回折格子というのは、光を散乱させるのもので、一定の間隔で凹凸が規則的に並んでいると、それぞれ散乱された光が一定方向に波面を形成して強く放射されます。スペクトルアナライザや波長フィルタに応用できるわけです。プリズムなんかも21世紀は簡単に金型でできてしまうでしょうね。
 水晶でやっている光学のローパスフィルターも同様にレンズの機能として取り込めます。
 プラスチックの開発でも、まったく水分を吸わない材料も出てきました。湿気はレンズの大敵ですから、材質面における改良も急ピッチです。化学、光学、精密加工の要素技術を兼ね備えたこの会社に強い確信をもち、今年のベスト15に選んでいます。
 以下、特許の引用です。どうぞ、心行くまで、お楽しみください。

「特開平9−254161:
【発明の属する技術分野】
本発明は、金型の微細加工方法に関し、例えば回折格子等の光学素子を成形する金型の加工に適用して、非磁性材料でなる母材に非磁性材料でなる金属膜等を形成し、電子ビーム露光法による露光後、エッチングして、直接金型を作成することにより、極めて精度の高い金型を短期間で作成できるようにする。

【0002】
【従来の技術】
従来、コンパクトディスクプレイヤーのピックアップユニット内等で使用される回折格子においては、回折格子のマスターより金型を作成し、この金型を用いた射出成形により製造されるようになされている。

【0004】
このためこの回折格子1の金型作成工程においては、溝の繰り返しピッチPが20〔μm〕程度の回折格子については、マスクを用いたフォトエッチングによりマスターを作成し、このマスターより金型を作成する。またこの溝の繰り返しピッチPが2〔μm〕程度の回折格子については、マスクを用いたフォトエッチングに代えて、電子ビーム露光法を適用したエッチングによりマスターを作成する。

【0007】
工程では、蒸着、スパッタリング等によりシリコン基板10の表面に二酸化シリコン(SiO2)膜11を作成した後(図7(A))、このシリコン基板10の表面にフォトレジスト4を塗布する(図7(B))。続いてこの工程では、電子ビーム描画装置によりこのシリコン基板10に電子ビームEBを照射し、フォトレジスト4を回折格子1のパターン形状に露光する(図7(C))。

【0008】
続いてこの工程では、フォトレジスト4を現像してフォトレジスト4の露光部分を除去した後(図7(D))、このシリコン基板10上に残るフォトレジストをマスクとして使用して、二酸化シリコン膜11をエッチングする(図7(E))。これによりこの工程では、二酸化シリコン膜11に回折格子本体3の溝形状を形成し、続く工程において、表面のレジストを除去してマスター12を完成する(図7(F))。

【0009】
これによりこの工程では、電鋳加工法によりこのマスター12に金属材料を堆積した後(図7(G))、この堆積した金属材料よりマスター12を剥離して基板(スタンパー)13を形成し(図7(H))、この基板13を金型の面駒に加工して回折格子1の金型を作成するようになされている(図7(I))。

【0010】
【発明が解決しようとする課題】
ところで従来の金型作成方法においては、金型作成に時間を要する問題がある。具体的に、電鋳加工法についてだけ見ても、従来の金型作成工程においては、1〜1.5ケ月程度の期間を必要とする。

【0011】
またマスター自体については、精度良く作成できるものの、このマスターより作成される基板においては、マスター12に金属材料を堆積して作成することにより、その分マスターに比して精度が劣化する。またマスター12を剥離する際に、マスター12を正しく剥離できない場合もある。これにより従来の金型作成方法においては、極めて精度の高い金型を作成することが困難な問題があった。

【0014】
【課題を解決するための手段】
かかる課題を解決するため本発明においては、非磁性材料でなる基材の表面に、電子ビーム露光法により所望のパターン形状を形成した後、この基材をエッチングすることにより、成形品の凹凸形状に対して逆転した凹凸形状を、基材に形成し、この基材により金型又は金型の一部を作成する。

【0016】
このとき母材が、残部が鉄で、炭素、シリコン、マンガン、リン、イオウ及びクロムからなる群より選ばれた少なくとも1種の添加元素を含有してなる合金でなるようにする。

【0017】
さらにこのとき添加元素が、炭素が0.08〔%〕以下、シリコンが1.00〔%〕以下、マンガンが2.00〔%〕以下、リンが0.045〔%〕以下、イオウが0.030〔%〕以下、ニッケルが8.00〜11.0〔%〕、クロムが17.0〜20.00〔%〕の重量パーセントでなるようにする。

【0018】
またこれらの場合に、被加工膜を、タンタルにより作成する。

【0019】
非磁性材料でなる基材においては、帯磁を低減することができ、これにより電子ビーム露光法を適用して所望のパターン形状を高精度で形成することができる。従来の電鋳処理工程等を省略して金型を作成することができる。これにより金型作成に要する期間を短縮し、また精度を向上することができる。

【0024】
【発明の実施の形態】
以下、適宜図面を参照しながら本発明の実施の形態を詳述する。

【0025】
図1は、本発明の実施の形態に係る金型作成工程を示す工程図である。この工程では、始めに、金属母材でなる基板20の一面に被加工膜21を形成することにより、この基板20及び被加工膜21により構成される基材20Aを形成する(図1(A))。ここでこの実施の形態において、この金属母材は、JIS(Japanese Industrial Standards )に規定されたSUS304でなるステンレス材が適用されるようになされている。

【0026】
ここでこのSUS304は、磁化率の小さな非磁性材料であり、また切削加工が容易で、射出成形の金型に適用して好適な金属材料である。具体的にSUS304は、炭素が0.08〔%〕以下、シリコンが1.00〔%〕以下、マンガンが2.00〔%〕以下、リンが0.045〔%〕以下、イオウが0.030〔%〕以下、ニッケルが8.00〜10.50〔%〕、クロムが18.0〜20.00〔%〕の重量パーセントで、残部が鉄の合金である。

【0027】
これに対して被加工膜21は、同様に、磁化率の小さい非磁性材料であり、また切削加工、エッチング加工に好適で、耐久性、耐食性に優れ、SUS304に対してなじみの良いタンタル(Ta)膜により作成される。この工程において、タンタル膜は、イオンプレーティングの手法により基板20の表面に、約2〔μm〕の膜厚で作成される。なおこのタンタル膜は、スパッタリング法等の金属膜作成方法により作成することもできる。

【0028】
続いてこの工程は、例えばスピンコート法により、この被加工膜21の表面に、電子ビーム露光法に適用されるレジスト膜22を形成した後(図1(B))、電子ビーム描画装置により電子ビームEBを照射し、レジスト膜22を回折格子1のパターン形状に露光する(図1(C))。

【0029】
続いてこの工程は、レジスト膜22を現像してレジスト膜22の露光部分を除去する(図1(D))。さらにこの工程は、被加工膜21上に残るレジスト膜22をマスクとして使用して、異方性エッチングにより被加工膜21を約0.3〔μm〕だけ深さ方向にエッチングし(図1(E))、これにより回折格子1の凹凸形状を逆転してなる溝形状を、被加工膜21に作成する。ここでこの異方性エッチングは、例えばプラズマエッチングの手法により、アンダーカットの発生を有効に回避して高い精度により実施される。かくするにつきこの工程では、被加工膜21としてタンタル膜を選択したことにより、アンダーカットの発生を有効に回避して、溝深さ、溝幅、溝形状について、高い精度により被加工膜21をエッチングすることができるようなされている。実際上、電鋳処理工程に約1〜1.5ケ月の期間を要することにより、この実施の形態では最低限でも1月、金型作成に要する期間を短縮することができる。」

途中、多少手直ししました。図は省略してあります。(大原)

 


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