豊田合成(東7282) 2000/09/07更新
2000/9/07(木)

豊田合成(東7282) 

 【売り】

 今朝、証券関係者から、豊田合成は絶対に買いである、と言われて苦笑してしまいました。某外資系がこの5000円台を薦めているようです。しかるに、わたくしは、先日、この会社は売りであるというコラムを書いたばっかりです。

 さて、天才アナリスト両津氏と昨日ランチをしました。両津氏の天才的なひらめきに助けられながら、合成の特許と日亜の特許を洗い出しました。弁理士の助けを借りるとリサーチ費用が数百万円になってしまう上に、2週間程度の時間がかかるということなので、両津氏と私の理性と常識を総動員し、その上、外部の方の助けを借りながら、このコラムを仕上げました。

 豊田合成の株価は、この1年で数倍になりました。今後の青色発光素子の膨大な潜在市場を株価が織り込んだからです。私も、世界中に信号機がどれだけあるのか、などと遊びで計算したりして、その潜在市場の大きさに大きな期待を抱いた一人です。

 正直な話、今年6月まで、百万株以上を保有する大株主でもありました。外人投資家として、この会社のスケールの大きさを評価したからでした。株価が1000円のときは、安すぎると考えておりました。それは、格好の比較対象が米国にあったからでした。

 Creeも青色のLEDを製造している会社のひとつです。Creeの株価は今年前半の200ドルから現在は120ドル辺りを行き来しています。CreeのPERは80倍です。昨年は、150倍などという評価がされています。Creeの輝度は豊田合成のものよりも大きく落ち、輝度、特性に勝る豊田合成のLEDセグメントの価値が、Creeを大きく下回る状況は長く続かないと思い、購入を決断しました。

 その際も、特許問題の存在が非常に気になりました。しかし、科学技術振興会などの「お上」のプロジェクトを受け、「お上」に売上の数%という上納金(ロイヤリティー)を払っている豊田合成は、お上のお墨付きがあるものという前提での投資でした。

 その後、寡占状態にあるにも関わらず、戦略的な価格下落政策を取り、LED業界の助けを借りながら、携帯電話のバックライトという大きな市場を獲得。私も、サンケン電気、シチズン電子など、LED関連の工場を回り、LED業界が豊田合成を必要としているという空気を肌で感じ確信を強めていきました。株価も上昇しました。

 今年5月の会社説明会は、野村証券本店の会場に入りきらないほどの活況を呈しました。レーザー、白色、紫外線などの言葉が一人歩きし、いったい株価はどこまで織り込んでいるのか、不安になりました。新規参入の調査を始め、その可能性が高いことを知りました。

 健全な常識がある方なら、30%とか40%という利益率が継続する可能性が低いことがわかるのでしょうが、ここにきて、特許軽視の株式市場の参加者の極度な楽観論を耳にするにつれて、もう一番よい時期は、過ぎ去ったことを実感しました。6月に売却しましたが、その後、証券会社から株価1万円説も出てきました。

 多分、株式市場というものは、何度も何度も同じ過ちを繰り返すのでしょう。日本で青色LEDが信号に使われるようになったときに、青色LEDは、すでに汎用品になり、価格は1個5円以下になっているでしょう。LED価格が下落し、業績の伸びが鈍化した時点で数千円という株価は、維持できないということが、わからないのでしょう。業績の鈍化が新聞で発表されるまで、株価は維持される可能性もあるでしょう。

 明日7日、野村証券で豊田合成のLED説明会があります。私は、出席しませんが、多分、特許の件は、業績に無関係との主張が繰り返されるはずです。

 豊田合成の主張は、青色LEDを発明したのは、合成の指導をした赤崎教授であるという点です。また、日亜化学は、赤崎教授のやり方を踏襲して、特許を押さえたという点です。

 しかし、青色LEDに関わる技術者の話をよく聞くと、やはり、(元)日亜化学の中村修二氏はすごい、ということになります。 現在、係争中のものは、電極の配置が焦点となっています。豊田合成は、すでに電極の配置を水平に変えたため、出荷中の製品については、なんら問題がない、と主張しています。しかし、そんな電極の配置の問題は、はっきりいってどうでもよいことのように思えます。青色LED製造の本質はなにか、もう一度、整理すべきでしょう。

 なぜ、中村修二氏があれほど評価されているのでしょうか。それは、中村氏が最初に青く光る仕組みを解明したからです。赤崎教授はその仕組みを学術的に解明できていない。キーポイントは、p型のGaN膜の形成です。

 p型のGaN膜は、GaNにp型不純物を単純にドープするだけでは作成することが出来ない。だから、青色LEDは今まで作れなかったのです。赤崎・豊田グループは、p型不純物(亜鉛やマグネシウム)などをドープしても、低抵抗のp型は得られず、高抵抗(10の8乗Ω・cm)のi型しか作れないことを、電子ビームで対処療法をして、その膜の表面に高価なプロセスを導入することで、低抵抗膜を実現しています(MIS構造といいます)。

 このやり方ですと、膜の最表面にしか、低抵抗膜ができない上に、電子ビームの性格上、膜の均一性が保たれないでしょう。また、高輝度の条件であるp型厚膜ができません。

 少し、難しいでしょうが、もう少し我慢してください。この問題は、豊田合成株の本質的なリスクとなると思われます。

 中村氏は、p型不純物ドープ後、アニール処理をすることで、簡単に均一なp型膜ができることを学説として提唱したうえに、このアニール処理(熱処理)をするということ自体を特許の請求にしてしまったのです。p型膜作成のためのアニール処理が特許として成立してしまったのです。それは、アニール処理とp型膜との関係を体系的な理論で解き明かしたからです。現在、GaNでp型を作る唯一の量産方法がこの不純物ドープ後のアニールです。これは、基本特許と呼ぶにふさわしいものです。

 その理論のさわりを引用します。
「アニーリングにより低抵抗なp型窒化ガリウム系化合物半導体が得られる理由は以下のとおりであると推察される。即ち、窒化ガリウム系化合物半導体層の成長において、N源として、一般にNH3が用いられており、成長中にこのNH3が分解して原子状水素ができると考えられる。この原子状水素がアクセプター不純物としてドープされたMg、Zn等と結合することにより、Mg、Zn等のp型不純物がアクセプターとして働くのを妨げていると考えられる。このため、反応後のp型不純物をドープした窒化ガリウム系化合物半導体は高抵抗を示す。ところが、成長後アニーリングを行うことにより、Mg−H、Zn−H等の形で結合している水素が熱的に解離されて、p型不純物をドープした窒化ガリウム系化合物半導体層から出て行き、正常にp型不純物がアクセプターとして働くようになるため、低抵抗なp型窒化ガリウム系化合物半導体が得られるのである。」

 このくだりは、ノーベル賞に匹敵します。なぜ、アニールがp型膜作成に必須であるかを解明しているからです。豊田合成は、この特許により、アニールを封印されているのです。豊田合成のこれまでの数十件の特許の内容を精査してみますと、このp型作成のくだりはこう記述されています。
「次に、サファイア基板1を 900℃にして、H2 を20 liter/ 分、NH3 を10 liter/分、TMG を 1.7×10-4モル/分、CP2Mg を 3×10-6モル/分の割合で3分間供給して、膜厚0.2μmのGaN から成るi層5を形成した。この状態では、i層5は絶縁体である。次に、反射電子線回析装置を用いて、このi層5に一様に電子線を照射した。電子線の照射条件は、加速電圧10KV、試料電流 1μA 、ビームの移動速度0.2mm/sec、ビーム径60μmφ、真空度2.1 ×10-5Torrである。この電子線の照射により、i層5は抵抗率は108 Ωcm以上の絶縁体から抵抗率40Ωcmのp導電型半導体となった。このようにして、p導電型を示すp層5が得られる。」

 この両者の差は歴然です。方や日亜は2Ω・cm、豊田は40Ω・cm。なぜ、青色レーザーで日亜が豊田を大きくリードしているのか、説明がつきます。日亜の特性は20倍よく、一方、プロセスは早く、安い。豊田はアニ―ル処理を特許請求から省かざるを得なかった。それが真実です。

 豊田がアニール処理をしているなら、完全に特許は侵害されています。反対にアニール処理をしないなら、特性で大きく劣るはずです。豊田が特性を出せば出すほど、侵害の疑いが強まるという構図になっているのです。

 日本の特許は、これまで、侵害したものが得をするという理不尽なものでした。やはり、これではいけない、ということで、日本がプロパテントの方向に大きく転換しつつある現在、この特許紛争は、日本が知的所有権を守れる国かどうかの、試金石となっています。

 日経エレクトロニクスがいつも日亜に好意的であると、豊田は不満を言っています。エレクトロニクス業界では、日亜は嫌われ者かもしれません。しかし、両者の争いは、特許を超えて、熱エネルギーと水素原子との関わりという本質的な事柄を認めるかどうかの問題です。

 豊田合成が日亜にロイヤリティを払うから和解しようとしているのは、なぜでしょうか。私が日亜なら、1個10円程度のロイヤリティにして、価格が下がっても下がらなくても、数量に関わるロイヤリティを提案するでしょう。売上の7%とかいう甘いことはしないと思います。

 証券会社の一流のアナリストは、ここまで知っていて、買いを推奨しているのでしょうか。

 両津さん、今回は、お疲れ様です。いろいろとありがとうございました。

参考文献:
日経BP 「挑戦」日経エレクトロニクス編
特許公開平5-183189(日亜化学、中村修二)p型窒化ガリウム系化合物半導体
特許公開2000-1124499(豊田合成、真部勝英)窒化ガリウム系化合物半導体発光素子及びその製造方法

【ぢんぢ部長注:このコラムは、9/6夜時点で執筆されたものです】

2000/9/04(月)

豊田合成(東7282) 

 【日本の特許トレンドと青色LED】

 豊田合成は売りでしょう。
 根拠は、日本における特許制度の変化です。
 後に控えている訴訟も長引けば長引くほど、特許強化の方向で損害賠償金額が膨れ上がる可能性があります。特許強化の方向性は、日本だけの問題ではな く、世界的な潮流だからです。日亜化学の特許は、かなり強力です。

 裁判の影響はない、といっていますが、先月には特許庁が合成の特許を無効としたことは、よく知られていないのでしょうか。

 その割には価格は下落しています。例えば、青色といっても、ダイオードですから、小売価格は簡単にチェックできます。一年前のトランジスタ技術の商社の広告では、1個400円以上だったのか、最近の小売価格は200円程度でした。機関投資家の保有率が高いようですが、プロなら、きちんと価格をフ ォローするべきでしょう。

 また、豊田合成のより所となる赤崎先生も、かなりの高齢で、一線でがんばるには無理があります。開発者の動向においても、レーザーなどへの展開は厳 しいそうです。

 実は、日亜化学の中村修三氏と共著で「Bluelaser Diode」という本を出版したファッソルさんと今日ランチをしました。この本は、アマゾンで一番よく売 れているオプト関連の本です。出来たら買ってあげてください。
 ファッソルさんは、私の個人的なアドバイザーで、東京大学やケンブリッジ大学で助教授をしていた方です。青色LEDでは、世界的な権威の一人です。
 彼が話してくれたお話の中には、例えば、こんな話があります。去年のことです。米国のある企業が、豊田合成や日亜と同じGaNベースの発光ダイオードの技術をもっていました。その会社はWDM関連に資源を集中させるため、青色LED開発事業部を売りに出しました。興味をもった会社は沢山ありました。 しかし、結局、その事業は誰にも売れませんでした。買いたいという企業が、 日亜の特許をよく調べた結果、こんな強い特許があるのでは無理だということになったからです。

 さて、日本では、もっともっと特許を強くするという方向にあるのは間違いありません。それがよいことか悪いことかは別の問題です。
 これからも、参入企業は日亜から激しい攻撃を受けることと思います。そこで、まったく違うアプローチが必要になります。SiCをベースにして青色L EDを作ったCree(米国)、そして、HPも違うアプローチで青色に参入を目指 します。プリンストン大学やシーメンスなんかも、新規参入によい位置にいます。

 特許問題が今期業績には関係ないということで、この判決を無視する方もいると思います。しかし、豊田合成はもはやクレームする特許が消滅しているこ とから、今後の裁判は厳しいと見たほうが無難でしょう。こういうリスクは、 業績とは別に深刻に考えるクセをつけた方がよいというのが私の個人的な意見です。

 例えば、米国で同様の訴訟が生じた場合、賠償金額は3桁以上違うでしょう。 日亜の特許を侵害しないように新規参入を目指す全く違うアプローチをしている多くの企業(上記HPなど)もあることなどから、売却を決断すべきです。(大原部長)

【ぢんぢ部長注:このコンテンツは、9/1(金)夕方に執筆したモノです。】

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