大原の投資技法その2
 ひとつの課題だけを選び、あとはすべてあきらめること
〜投資家として成長するために限られた時間のなかで限られたことだけをやる〜

 時間を作ることが株式投資の第一歩ですが、時間を有効に使うことが次に重要です。つまり、欲張らずに1つのことだけを選択し続ける精神力です。

 スポーツを例にとると、ゴルフ、水泳、野球、サッカー、スキー、テニス、柔道など、いろいろなことに手を出す人は、どの分野でも一流になれません。例えば、1日4時間、練習時間が取れる場合、ゴルフの練習を1時間、水泳を1時間、テニスを1時間、柔道を1時間し、次の日は野球1時間、サッカー1時間、剣道1時間、ジョッキング1時間というようにフォーカスの定まらない練習をしていると、結局すべての時間が、無駄になります。自分がもっともやりたいことと、自分にもっとも向いているものを、慎重に判断した上で、剣道なら剣道だけを、毎日4時間続けていくことが、その道で一流になる前提です。

 株式投資も同様です。業績を判断するためには、それぞれの業界のことを深く理解しなければなりません。ハイテクならハイテク、素材なら素材、ソフトウエアならソフトウエアだけを選び、選んだものだけを為す、という態度が重要なのです。「これしかしない」という生活を続けることは、非常に強い精神力を必要とします。

 多くの人は、その逆のことをします。流行の本質とは「いろいろやってみたい」というものです。テレビ番組などは「これしかしない」という態度の反対で、「あれもこれも」を視聴者に強要するものです。テレビを60年間見続けて、どんな知恵がつくのか知りたいものです。たまにはよいテレビ番組もあるという方もいらっしゃると思います。その通り、中には、よいテレビ番組もあります。しかし、よいテレビ番組を見るために、悪いテレビ番組を、どれだけ見なければならないのでしょうか。悪い番組を見る害が、よい番組からの効用より、大きいのです。

 私は必要上、英語でレポーティングをしています。語学力を向上させるために、3年間英語だけを集中して勉強しました。まず、ボキャブラリーを増やすために、「これしかしない」という作戦をとりました。1冊の単語帳を買ってきて、「この本だけしか読まない」と決めました。そして、1日2ページ分、単語数で1日20〜40個覚えました。その際、どんなにページ数が進んでも必ず1ページ目から目を通しました。5ページ目を覚えるときは、1ページから4ページまで目を通してから5ページ目を覚えました。100ページ目を覚えるときも99ページまでを復習してから100ページ目を覚えたのです。大変ではありません。毎日の復習のおかげて100ページ目を覚えるころには50ページぐらいまでは一瞬見るだけですぐに理解でき、「この単語の意味はなんだったかなあ」などと考える必要がないからです。ですから、復習する時間は毎回20分もかからないのです。200ページを覚えるころにはさすがに1ページ目から復習する意味がなくなりました。もう完全に単語が自分のものになっていて、考えないでも自由に使えるようになったからです。

 また、私は、多くの日本の学生が使うような単語帳を選びませんでした。私が選んだのは、英語を母国語としている人が、より高い教養をつけるために書かれた洋書のボキャブラリーものです。そのような本は、難しい英単語を、簡易な英単語で説明してあるわけです。裏返せば、その簡易な英単語はネイティブが日常使用しているボキャブラリーであって、かえって、「簡易なはず」の英単語をしっかり使いこなすことを、目標にしました。

 わからない単語があると、英英辞典で丹念にひきました。日本語をまったく介在させないことによって、覚える単語数は飛躍的に増えるからです。何千レベルの単語数ではなく、何万レベルの単語が身につかなければ、実務上役に立たないからです。役に立たない中途半端な勉強なら、初めからやめた方がよいのです。私にとって役に立つ英語とは、リサーチノートが書け、ニューヨークの同僚と業績や株価評価に関して、意思疎通ができるということです。3年間の集中のおかげで、私は残りの人生の何十年間は、ボキャブラリーの不足で悩むことはありません。

 その後、3年間は数学に集中しました。来る日も来る日も数学のことだけを考えたのです。それは、1993年頃でしたが、オプション理論のテキストを読んでいると、理論を導く過程で、ある偏微分方程式に出会いました。ところが、その数式が私には理解できなかったのです。私は、金融マンの端くれとして、この数式が理解できないということは、金融のプロとしてなさけないと感じました。

 私は文系出身です。数学からかなり遠ざかっていました。しかたなく高校の数学の問題集をこっそりと通勤電車や昼休みに解き続けたのです。半年で、高校過程が終了しました。

 今度は大学の数学の教科書を買いあさり、ベクトルと行列、微分積分、確率、複素数、フーリエ解析と進んでいきました。出来るだけ問題演習が豊富にあるテキストを選びました。すると、ほとんどが米国大学の教材になってしまったのです。日本の数学過程の教科書は概して説明に終始して、学生が自分で考えるというプロセスを提供しない傾向がある、ということに気がつきました。一方で米国の大学の教科書は演習が多く、数式を自分で組み立てる力を試す良門が多いのです。演習は、実際の生活に密着した問題が数多くあり、大変楽しく数学を勉強できました。

 3年間ほど勉強を続け、ようやく、偏微分方程式の教科書が読めるようになりました。すると当初は難関に思えたオプションの理論が納得できたのです。しかし、私は、自分に数学のセンスがあるとは一度も思いませんでした。統計的な処理手法は、身につきましたが。数学に集中した3年間、私はクオンツやデリバティブに対するコンプレックスを完全に払拭できました。なによりも、現在、ハイテク関係の技術書を読むときも、数式が苦にならなくなりました。残りの人生で、数学で苦しむことはないのです。

 昼間はファンドマネージャーですが、現在も、夜間は大学の工学部で実験三昧の生活を続けています。回路を設計したり、物理や工学実験をしたりして、ハイテク漬けの生活を楽しく続けています。

 何十年かの人生おいて、3年とか5年の期間は十分短いものです。ひとつのことしかしないことがどんなに素晴らしいことかお分かりでしょうか。徹底的に覚えたものはなかなか忘れることができません。
  株式投資も同様です。ハイテクに興味がある人はハイテクに関する勉強だけをするのです。ハイテクの、より狭い分野を選ぶのです。半導体を選ぶのならとりあえず半導体だけを、しばらく継続して勉強することです。半導体製造装置、プリント配線板、電池、液晶、ハードディスクなどのいろんな分野からひとつだけ選ぶことです。成長分野を選び、集中して完全にものにすることが次のステップです。

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