大原の投資技法その5
 例え少数意見であっても、自分を信じる
〜個人投資家のアドバンテージを知る〜

 私が個人投資家向けにこのような本(※)を書くのは、一部の機関投資家の運用能力に疑問を持っているからです。機関投資家の運用成績がぱっとしないのは、きちんとした運用ができていないからです。少なくとも調査能力という点で、機関投資家はプロであるべきですが、現状で自らをプロであると胸をはれるファンドマネージャーはまだ少数派です。

 その一因は、この数年、日本の機関投資家が多数の未経験者を運用スタッフとして拡充したためです。1990年には2000人に満たなかった証券アナリスト試験の合格者は、99年には累計で1万2000人を突破しました。未経験であっても証券アナリスト試験に合格しているので運用部門に配属されるというケースが日本の運用会社では多いようです。持ち合い株式の政策投資が構造的に解体していく中で、純投資部門を強化するため、生損保、銀行がこぞって調査人員を増員したのです。

 この証券アナリスト試験というのは、経済、財務会計、証券分析の3科目ですが、業界動向や製品評価などの売上予測能力については問われない試験です。担当の業界知識がゼロでもアナリスト試験には合格できるわけです。未経験アナリストの大量発生で、アナリストの平均能力はかなり落ちてしまいました。私が決算説明会を避けるようになったのは、機関投資家所属(=バイサイド)ファンドマネージャー及びアナリストの低レベルの質問、業界知識の欠如、経営者に対する尊大、横柄、失礼な態度に我慢が出来ないからです。

 ある外資系証券会社のトップアナリストはこのような幼稚アナリストのことを「おこちゃま」バイサイドといって特別の配慮をしています。証券会社のトップアナリストにとって、「おこちゃま」バイサイドはなんでもいうことを聞いてくれる素人であると同時に、大切に扱えばランキング投票で必ず投票してもらえる大切な顧客だからです。セルサイド(証券会社)にとっては、資金量が多くてたくさん注文を出してくれる顧客の方が、必要以外は売買しない顧客よりずっと重要です。セルサイドアナリスト(証券会社所属のアナリスト)にとっても、バイサイドが低レベルでいてくれた方が説得力を保持できるわけです。そこで、絶えずレーティングを変更し、投資家の不安心理を煽ったりするのです。

 ある外資系セル・サイドアナリストは、「おこちゃま」クラスと普通クラスの2回に分けて工場見学会などを企画するそうです。日本では、バイサイドが「おこちゃま」でも許される状況が残念ながら続いているのです。

 どの証券会社も「今週の投資戦略」のような戦略ものを1週間単位で書いています。なぜ、投資戦略が1週間で変更になるのでしょうか。私の投資戦略は何年も変わりません。投資戦略は投資哲学から生じます。投資哲学がないと、戦略はコロコロ変わります。

 私の哲学は成長株投資です。成長率と成長期間、限界利益率を最も重要視します。ですから、私が住宅株や建設株を買うことは、いままではありませんでした。銀行や自動車株も今は、あまり興味がありません。それでも、1999年はTOPIXを90%以上アウトパフォームしました。それは、エレクトロニクス、インターネット関連、ソフトウエアなどの成長株の当たり年だったからです。

 年金運用者として長期的に信頼されるために、投資哲学は命の次に大切なものです。投資哲学を守らなければ、私たちのブランド価値が、低下してしまうからです。低成長・低位株が反転するかもしれません。そのとき、誘惑に負けては、私たちのブランドに傷がつくのです。その場その場を、上手く立ち回ることは、哲学上、出来ないのです。

 スタッフを拡充すれば、調査の質や運用成績が自然とよくなるということはありません。運用に関わるものが多すぎると投資哲学や投資プロセスがかえって曖昧になります。業種ごとにアナリストを配置している運用会社も多いですが、勉強のために調査しているようなアナリストが多いようです。運用成績もぱっとしないようです。

 日本の機関投資家は、分散投資が得意です。よい銘柄だけ買えばよいのに、あれもこれも買ってしまうのです。私たちは1000億円の運用なら30〜40銘柄で十分と考えます。10億円のファンドなら5〜10銘柄で十分です。5億円のファンドなら3銘柄です。機関投資家の多くは、分散投資の大義名分のもとに100銘柄以上買ってしまうので、運用の管理も大変ですし、成績も月並みになります。ですから、私たちのように1年で資産を2倍、3倍にすることができないのです。

 月並みのファンドマネージャーは、おなじ習慣を持っています。証券会社のレポートをよく読みますし、バランスシートやPLなどもよく分析し、決算説明会にもよく出席します。それで、なぜ「おこちゃま」なのかと言えば、肝心の売上の予測が甘いからです。トップラインの売上が間違っていてボトムラインの純利益を予測するのは、時間の無駄です。トップラインに確信があるときだけ、ボトムラインを予測すればよいのです。トップラインの売上の増加に、確信が抱ける企業の数は、限られます。確信のあるものだけに、貴重な時間を使うべきです。企業取材は確信を獲得する作業です。しかし、確信をもつためには、業界や技術のトレンドの理解が必須です。だから、証券アナリストは、技術者以上の見識が求められます。

 分散投資の弊害以上に、ファンドマネージャーを苦しめるものは、雑務の多さでしょう。私は1ヵ月に10分程度、ポートフォリオのベスト5とワースト5についてコメントを書きますが、原則としてそれで報告は終わりです。あとは、ニューヨークのマーケティングスタッフが顧客へ報告をしてくれます。ところが、日本の場合は、顧客への報告書をファンドマネージャーに書かせるという理不尽な負担を強いています。ファンドマネージャーが報告作業で忙しく運用ができないといったことが起こっています。運用の質を維持するためには、十分な時間を運用そのものにあてる配慮が運用会社に必要です。

 ファンドマネージャーの顧客への報告作業の多さや質の低下を考えるとき、機関投資家と個人投資家を隔てるものは何があるでしょうか。インターネットの普及で個人も情報が十分とれるようになってきました。個人投資家が取材能力をつければ、もう機関投資家は個人に太刀打ちできません。運用業務に参入障壁はありません。

 この世界は、知恵と能力だけで独立してやっていけるのです。サラリーマン運用者や、会社の看板の上にあぐらをかいているものが、淘汰されるのは時間の問題です。確固たる運用哲学のない機関投資家は、数年以内に消えていくでしょう。

 さて、みなさんの取材能力が、十分であると仮定しましょう。ある会社の株価が十分魅力的なことがわかった、としましょう。個人であれば、その魅力的な価格で購入できます。一方、機関投資家にお金を預けると、彼らは一度に何千億円の資金を運用しなければなりません。1銘柄を購入し終わるのに、数週間かかる場合もあり、買い終わったら株価が大きく上がってしまうことも多いのです。

 このように、自ら取材して単独で発注した方が、機関投資家に預けるより、安く買えるのです。個人投資家はよいタイミングで買ったり売ったりできます。機関投資家より断然有利なのです。

 また、取材にしても不利だと思われません。企業のIR担当者にすれば、大手生保のファンドマネージャーから電話があれば、警戒して本音を言えません。しかし、これが個人投資家には、機関投資家に言えない情報でもついポロリと教えてくれることだってあるのです。個人投資家を大切にする会社が悪い会社であるわけはないし、どんなに業績がよくても、個人投資家を相手にしない会社はよい会社ではありません。機関投資家は身銭を切って取材しているわけではありません。個人投資家は自分のお金でリスクをとるのですから、堂々と取材すればよいのです。

 私は最大のライバルは同業の機関投資家ではなく、退職して十分取材の時間がある個人投資家であると思っています。みなさんに笑われないように、いつも投資の基本を忠実に守っています。今のところ、多額の資金を運用しているため、海外工場の視察とか、エレクトロニクス業界の有料セミナーで研鑚するとか、学会に出席するとか、経営者と多く会えるとか、取材費用、書籍費用だけで、月々何十万円と使える点で、私は、個人投資家より有利です。

 しかし、情報の低価格化、デジタル化が進めば、将来は、間違いなく、資金力ではなく、十分な取材能力と豊かなアイデアだけで、勝負できるはずです。そうなれば、個人投資家の時代です。みなさんは自分自身の意見を信じて下さい。精神的にも情報的にも自立した投資家になって下さい。どんなにつたない意見であっても、それが自分の意見であるなら、一流の投資家になれるはずです。自分で考える1つの意見は他人の100の意見に勝るのです。個人投資家であることの優位性を再確認しましょう。

(※)大原部長は個人投資家のための投資戦略として、2000年夏頃に出版物を出す予定になっており、タイトルはもちろん皆様お馴染みの「億の近道」です。

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